ロンドンの招かれざる客(1)日本にいた時、一度、転職を考えたことがあった。人材の募集の広告を見て履歴書を出しておいたら、 残念ながら、そこの選考の時点で落ちてしまったのだが、選考の人数が多いわ、待ち時間が長いわで、その間に3人の女性と知り合って意気投合してしまい、いきなりカラオケに行った。(もう、やめんかい) 特にその中の1人である、きょうこさんと妙に話が合ったので、住所や電話番号を交換。 彼女は岐阜県に住んでいた。 私は結局、縁がなかったと思って、そこから先は転職活動はやめたが、転職活動をさらに続けていた彼女は同じ職種の違う会社に転職が決まり、大阪に引っ越してから電話してきてくれた。 「うわ~、大阪だったら近いし会えるねー」なんて話をしているうちに、彼女も「狭いマンションだけど、1人でヒマにしてるから来て来て~」と調子がいい。 それで、何日の何時頃に行くという具体的な話になって「泊まって行ってね」というのですっかりその気になって準備していたら、当日の朝になって電話がかかってきて「風邪ひいてしんどくて寝てるんで、今日はやめていい?」と言う。 そりゃ大変だね、お大事にね、と言ってその日は中止。 それからまたしばらくして電話がかかってきて「この間はごめんねー。今度はいつにしよう?」って言ってくれるんで、新たに日を約束して楽しみに待ってたら、前日の夜に電話がかかってきて「なんか気分が悪くって熱があるみたい」と言う。 この人、ダメかもな、と思っているうちに少々疎遠になってしまった。 イギリスに来る直前の年賀状で「会社を辞めました。しばらくイギリスで仕事をします」と、友達やお世話になった人に書いておいたら、ほどなく彼女から連絡があり、その時は「気をつけてがんばってね」ということだったので普通に話していたのだ。 イギリスに来て半年くらい経った後、実家の父が「きょうこさんという人からそっちの住所を聞いてきたので教えたで」と電話で言っていたので、いずれ連絡が来るかなぁと思っていたら、秋口にロンドンに行きますというメールが来ていた。 しかし、それからしばらくして事情が急に変わってしまい、私とダンナはともに日本に帰省している間に入籍するというふざけた具合になってしまい、ロンドンに戻ってから、2人で済むフラット探しを始めないといけない結果になってしまった。 その帰省中に私は急いできょうこさんに連絡し、急きょ結婚したので、ロンドンに戻ったら引っ越す場所を探さなければいけないと伝えたところ、なんと彼女は、それなら私とダンナが帰国する同じ日にロンドンに行くと言うのだ。 「なんか、楽しみー!おんなじ日なんてさー」だと。 その日に来るなとは言えないし・・・ 「ホテルはどうするの?」と聞くと、きょうこさんはあろうことか「泊めてもらって構わないよね。一緒に住むとこ探すのはこれからなんだもんね。それにおんなじ日に着くんだったら、空港で待ってもらっててもいいわけだし。」 ダンナに「どうする?」と聞くと、ダンナも「ちゃとの友達なんだったら仕方ないよね。泊めてあげれば?」と言っている。 なんだか、2週間の帰省のうちに急に結婚というようなことになって、両方の実家を行ったり来たりして疲れているところに、思わぬ押しかけを受けることになって、少々気は重かったが、せっかく来てくれるのだから仕方がない。 結局、彼女がロンドンに到着するのは私たちがロンドンに着いてから5時間ほど経ってからということになるので、一旦家に帰って荷物を置いて、もう一度空港に迎えに行ったほうがいいね、ということになる。 そして、長旅で疲れきって荷物を置くだけ置いて空港にもう一度向かったら、なんと彼女が到着するフライトが3時間遅れという表示が出ている・・・ 「うそやろ・・・」 私とダンナはへとへとだ。 3時間もさらに待つ間、空港内のお店やカフェはどんどん閉まって行くし、待っていられる場所も限られて行ってくる。 あちこち、空港の住人のように、荷物も持たずにぶらぶらふらふらして、ようやく3時間をやり過ごした。 ゲートから彼女が出てきた。 久しぶりに会えたのはうれしかったが、自分たち自身も日本から帰ってきたばかりで、体を休めるヒマもなく彼女を出迎え、私が済んでいた家で私と彼女をタクシーから降ろすと、ダンナは当時の自分の住まいに一人、帰って行った。 ともかく、家に着いたのはいいけど、こちらはもう眠くて眠くて、お風呂にはいる気もしない中、彼女は「お風呂はいってきていいかな?」 お風呂から出てきた彼女は「ごめんねー、飛行機が遅れちゃって」と言ったが、それはまあ彼女の責任ではない。 彼女は久しぶりの再会と、ようやくロンドンに着いたうれしさでかなり昂揚している。 「ダンナさん、優しそうな人ねぇ」などと話し始め、放っておいたらいつまでも話していそうだ。 「あ、そうだ、お土産があったんだ!」と言うきょうこさんが、スーツケースの中から取り出したのは10cmくらいの大きさの立方体の箱。 「開けて開けて~」というので、その場であけたら、京都でもそれを売っているのを見たことがあるんだけど、千代紙を貼った小さな引き出しの中にこんぺいとうがはいっていた。 「あ、ありがとう・・・」 これ、これだけをわざわざ持ってきてくれたらしい。 別にごたいそうなものが欲しかったわけでもないし、そういうものをあてにしていたつもりはないのだ。 しかし、手の中にすっぽり納まりそうなサイズの小箱を見て、普通のオトナがだいたいコレだけ持って来るというのは違うだろという気がする。 そして、この時点で夜中の2時半だった・・・翌日から私は仕事。 彼女は、あらかじめ申し込んでおいたらしいスコットランドへの3泊4日のツアーに翌日から出かけるそうだ。 私も彼女が来たのが急なのと、帰省で休んでしまったので、日中は仕事だ。 それに、帰省時に人生の変化に見舞われたために、彼女といろいろ積もる話をするだけの余裕もまだないので、彼女がツアーに行くなら、その間に体勢の立て直しもできるかも知れない。 しかし、その夜に眠る頃には当然眠くて眠くて、彼女がその後どうするのかの予定を聞く余裕もなく、限界だったので、とりあえず彼女が起きる5時半に目覚ましをセットしてようやく寝た。 翌朝5時半に彼女を起こす。 彼女が身支度を整えた頃「ともかく、あっちから連絡してきてね。」と言って、昼にも電話できるように昼用に会社、夜用に自室の電話番号を渡しておき、彼女はスコットランドツアーの集合場所に出かけて行った。 しかし、実はそれから4日間、彼女は一度も私に連絡をしてこなかった。 さすがに3日目・4日目になると腹が立ってきて、電話がかかってきたら一発何か言ってやろうと思って待ち構えていたが、結局、4日目どころか、それ以降も電話一本かかってこなくて、彼女とは連絡が取れなくなってしまった。 もしかしたら何か事件に巻き込まれたなんてことはないか、という心配もちょっとあったが、あそこまでしぶといんだったら、そうそう簡単に事件に巻き込まれるなんてこともないだろうと思っているうちに、私は彼女のことは忘れてしまうことにした。 なので、彼女がいつの便で日本に帰ったのか、いや、帰ったのかどうかさえも知らずにその話は終わってしまった。 それから半年ほど経った頃だ。 彼女から突然「お久しぶりでーす!」というメールが届いた。 今頃ナンだ、と思って読み始めると、ワケありの人と一緒にパリに行くことにしたのだが、どうしても家の人にそれはナイショなので、ちゃとさんのところを連絡先にしておいてもいいか、という話だ。 しかし、よくよく最後まで読んでみると、彼女はすでに家族や親しい友達に私の電話番号やメールアドレスを教えてしまったと書いてあるではないか? (注.その頃には引っ越していたが、電話番号とメールアドレスに変更はなかった。) あまりの彼女の失礼さに腹が立ち、そのメールには返信せず、無視を決め込んだ。 ある時、また実家の父と電話で話していると「きょうこさんから、また新しい住所教えてくれって電話あったわ」と父が言った。 両親には、以前の彼女の不義理をその時に話してあったので、父は電話の時にそれを思い出してくれて「いやー、なんや、あっちやらこっちやら引っ越してるみたいで、住所も控え切れんので、どれが今の住所かもうわかりまへんねん。荷物も送ったことがないし。電話も3月に1回くらいあるかないかやし、なんかあったら言うてくるやろと思ってますねん」とトボけてくれたらしく、教えなかったと言っていた。 すると、彼女の友達から私宛に、彼女への伝言という内容でメールが2~3はいってきた! ふざけるな、と思った私は反撃に出て、その人のメールに「どなたかと宛先を間違っておられませんか?意味がさっぱりわからないのですが、○○きょうこさん(私の他の友達)という人なら知っていますが、その人のことをおっしゃっているんでしょうか?」と思い切りズレまくってやったところ、あまりの話の噛みあわなさに相手は丁重なお詫びを送って来てそれで終わりになった。 私はメチャクチャ面倒見のいいタイプではないが、想像がつくところの一般常識の範囲で、人に世話になること、人に世話をすることの基準は持っているつもりだ。 いまだかつて、こんなに天真爛漫に傍若無人な人間が他にいたかどうかがちょっと思い出せない。 少しの間でもこういう人を友達だと思ってきたのが情けなかった。 うちのダンナも「今だから言うけど」と前置きしながら、アイツはひどかったよな、と静かに言った。 当時の私の周囲の友人知人で後にも先にもダンナがけなしたのは長らくの間、彼女一人だったのである。 結論:厚顔無恥なヤツはキライだ! |